ビュートでわいわいしゃべったりトレーニングしていたら
「坂井さん、お客さんです」と呼ばれました。

玄関に、見知らぬキャリア女性が立っていると思ったらなんと
晴れて自由人から組織人になった、同級生ののんちゃんじゃないですか!

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フリーでいくつもの授業を掛け持ちして
あちこちの講義に引っ張りだことはいえ

移動移動、スケジュール管理、その他もろもろ
フリーランサーの苦労と特権を十分に味わい尽くし

アラフォー突入にして、大学院に入って学びなおして
自分の価値を上げるや否や
優秀な人材を狙っているところからあっという間にオファーがかかり

晴れて組織人になったと聞いていました。

ビュートが床上浸水被害に遭った去年の8月、
工事前の一番ひどい状態で、私が一人で営業を続けている時に
ひょこっとお見舞いに来てくれて

あまりの私のボロボロぶりに
共通の同級生仲間に連絡をしてくれて
色々助けてもらったり力になってもらったりして

やっとビュートが落ち着いて、持ち直して
私も立ち直って心身ともに元気になったので

お礼に行きたいなと思ったら
のんちゃんが新しい環境になってしまって、会えないでいました。

ずっと気になっていたので
立ち寄ってくれてビックリ!

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ビックリしすぎて、思わず、舌をしまい忘れるところでした。

(のんちゃんは大の愛猫家です)

トイレを借りて、所沢北高の同級生の話をして、颯爽と外営業に。
とても新車と思えないケガだらけの愛車スマートで(;^ω^)

ちなみに、先程から
同級生同級生といっていますが

正確には、年齢や学年が同じというだけで
私が所沢北高校の出身であるわけではありません。

埼玉に来て、最初に出来たプライベートな友人が
たまたま所沢北高の卒業生で

何かと同級生の集まりに声をかけてもらって
参加しているうちに、あたかも卒業生かのような
同級生仲間が出来ていました。

地縁血縁のない私が、同級生話をできるのも
頭数の多い団塊の世代ジュニアのなせる業じゃないかなぁ。
とにかく、人数が多いから、ひょんなところでつながる確率が半端なく高いわけです。
同級生ってありがたいなぁ。

それにしても。
人知れぬ努力が実って、ヘッドハンティングされたばかりなのに
のんちゃんは、次のキャリアアップを確実に狙い定めていました。

平均年齢が高く、後期高齢者の方が大半の世界に飛び込んで
「教授:のんちゃん」になるべく、既に次の狙いは定まっていた。

このトシになっても攻めてるっていいよね!

私の友人には、本当に優秀な人が多い。
でも、私達は「貧乏くじ世代」と呼ばれていて

失われた10年、就職超氷河期に
ピッタリと頭数の多い我々が重なってしまい

まともに就職できる人は
ある意味「運」としか言いようがなかった。

内定もらうヤツはいくつももらっている。
結局、取れないヤツは、一つも取れない理由が自分にある。

とか、まぁ
そういうこと言いたいアドバイザーはいつの時代もいましたけど
その確率・倍率が本当に半端ない。

気の遠くなるような高い倍率と低い確率に
どんなに挑んでも、もう、絶対数が少なすぎるところに
考えられない数が集中するので、努力とかそういうレベルではどうにもならない。

そんな時代でした。

当時、世の中に「フリーター」が溢れるのは
私達が就職できない、もしくはすぐ辞めるからだと
叩かれたものです。

(後のベストセラー「なぜ若者は3年で辞めるのか」という本を読んだとき、やはり3年で転職した自分や周囲の優秀な友人たちの置かれていた状況が、非常に俯瞰的に腹に落ちたものです)

そして、今でも失政だと騒がれる
人材派遣が世にはびこって、やっぱり派遣会社に登録してましたよね。みんな。

のんちゃんもまた、ちょっと立ち話した中で
「フリーとして独立した当初、全然食えなくて…」とさらりと言っていました。

派遣会社に登録して、テレアポの仕事してたとか
その溢れんばかりの派遣会社に登録してる女子を動員して
同級生があの時困ってたから、みんなで応援したんだよとか

そんな話がたくさんあるのです。

私は、最初に高校教諭として、きちんと私立学校に入れたことは
今になって思えば、それがなかったら、全く違う人生になっていたと
ちょっと怖い気もします。

地域メディアに転職した時
局員として、お給料でその土地に住み着いて
永久就職もして趣味程度に続ければ、言うことないじゃない?と
お見合い話なども、多々いただいたのですが

そういう選択肢を選ぶことが「負け」という価値観の中で
受験戦争や就職活動をしていたんでしょうね。

それが、いいとか悪いではなく
すごく頑張ることが習慣になっていたんだと思います。

それで、あえてフリーで契約してもらって
なかなか仕事もなく、当然食えないわけですけど

それでも、自分の価値をあげるために

「エアーに乗らない仕事は受けない」

とか、突っ張ってた時期もあって💦
式典の司会や、婚礼・葬儀の司会、選挙のウグイス、キャラクターショーのMCなど
一般的に収入源となる仕事には手を出さず
(ブライダルやウグイスなどは専門性が高く、それを極めるだけでも大変なエネルギーが必要だったので選択と集中をしたということです)

テレビやラジオで流れるものは、なんでも仕事は受けるけれど
そうではない、司会やMCなどについては

・取材が伴う
・地域活性や地域活動に関連する
・人と接して盛り上げる
・企画から参加する
・原稿や進行表も書く

など、ただ渡された台本を読むのではない仕事に絞っていました。

それで、収入を得るために
製薬会社と直接契約してもらって
いわゆる「ワゴンDJ」…一見おしゃべりの仕事のようですが
実際は、ショッピングモールなどのドラッグコーナーで
美容飲料や美容関連商品を店頭販売するという仕事をしていました。

最寄駅から車で20分くらいかかるような
郊外のショッピングモールで

1時間に5人くらいしか通らない、平日のドラッグコーナーで
それも平均年齢が明らかに、ターゲットより高い客層に向けて

どうやれば、9800円のコラーゲン美容ドリンクが売れるんだ?

ミニスカートはいて、ニコニコしてても、売れないぞこれは。

・・・と

それこそ、必死で考えて考え抜いて
工夫したり、交渉したりして

3日間の契約を1日で完売させて、店長を驚かせたりして
次の契約はギャラが3倍になったり、そういう仕事が次々入ってきたりして

あの時の、「私、何やってるんだろう…」という葛藤と
それでも、どうすればいいか考えて行動した経験は

後の私の、接客サービス業・実店舗の運営の基礎となっています。
あれから20年近く?あせあせ (飛び散る汗)

時が過ぎて、トシをとって尚
我々世代が、どうしても目標に向かって攻めてしまうのは

これはもう幸せなことなんだと腹をくくって
みんなで逆襲に出るときなんじゃないかと、勝手に思っています。

一つ一つ目標をクリアして
次の狙いを定めて
考えて、行動する。

そういう同級生仲間がたくさんいることに感謝。

お互いにがんばろーね♡