現在、小学校2年生の娘。
学校では、仲良しのお友達と
毎日、なんらか子どもなりに

事件だ!事件だ―!…ということがあるようで

仲良しなときと、大好きなときと、楽しくてたまらないときと
ちょっと嫌いな時と、嫌な気持ちになるときと、困ったり泣いたりしてしまうときと

まぁ、とっても健全に成長している証のように
毎日、いろいろ子どもなりにあるようです。

人と人って、基本的には
それがベースなのかも知れないな、と思います。

利害関係が絡んだり
立場やしがらみがあって、純粋に個人のお人柄で付き合えない場合も

そういう人間関係を排除せず
それでもそれなりに合わせて付き合いするもよし
「大人すぎる対応」をとるもよし。

人間関係って、色々あったほうが成長できるし深みがあるのだと
そんなことを感じています。

社会的な関係ではなく
純粋な人としての交流であっても

人間、年齢を重ねると
そりゃぁ、フクザツに難しくもなってきます。

こういう付き合いでなければ好き
ここは相容れないけど、全般的には好き
ここが好きだから、こう付き合う
こういうタイプが自分は好きだから合う
こういう人は許せないから、それがないこの人が好き
こういうことだけは絶対しないから信用できる

色んな人間関係を、うまく自分の中で調整しながら
同時進行的にお互いにとって心地よいようにもっていくのが
自分を豊かにしてくれるのだと思うのです。

もちろん若いうちは、そんなこと考えずに
どんどん出会いを求めて、人と交流して繋がって
人脈を広げて、世界を広げていくのがいい。

でも、若さという「持ち時間の長さ」で勝負できない年齢になったら
ただただフィーリングで人と付き合うのではなく

自分が人のどこを好きになって
何が許せなくて
どんな価値観が共通して
どこは相容れないけれど
それでもなぜこの人を好きで信頼して付き合うのか

自分の中で明確にしておく必要があると思う。

これから先、老いや死に向かって皆が平等に進む中
そんなに色々あれもこれも出来ないと思うし
出会いも、末広がりではなく、自分のこれまでの成績表のようになってくるから。

そして、大人になれば悲しいかな
色んな人が色んなことを言う。

他人の価値観や世間の目や人の噂話まで
自分を惑わす、様々な意見や情報が
あたかも、これこそがアナタのためなんだ!と言わんばかりに
押し寄せてくる。

だから、人の目や世間体、他人の価値観に左右されず
ブレない自分の明確な基準をもって

自分が実際に接して感じた
その人の自分にとっての本質を

意識的に明確にして
人とつながっていく必要があるんだと思うのです。

それが、人として孤独でなく
人に恵まれた豊かな人脈になっていくと考えています。